わらべうたから始まり、ピアノや声楽合唱へと続く音楽教育
その道筋を 今度のおべんきょう会でお見せします♫
10月1日(日)手稲区にて
第一部 ピアノソロ、連弾
第二部 わらべうたリトミック・ソルフェージュ
無料、要予約:鑑賞をご希望の方は、講師へ直接ご連絡ください。
(音楽をおべんきょう中、これから始めたい方、指導者限定)
わらべうた?
それに価値があるの?お金を出してまで?
と眉をひそめる方が一般的な反応かも知れません。
私が学んできたハンガリーの教育思想、コダーイのコンセプトとメソードは、長い時間と渡航費学費をかけても全く惜しくない、価値高いものでした。
音楽教育の出発にわらべうたを用いる自然の法則と絶大な効果は…
母国語である(一番大事なところから)
音域が狭い(無理に大人の音域でうたうと正しさが理解できない、歌が嫌いになることも)
半音がない(揺るがない音程を、耳とのど両方で)
遊びながらコミュニケーションもできる(他者性)
(写真指揮者はコダーイ・ゾルターン)
よくある誤解ですが、わらべうたをずっと学ぶもの?とのご質問。そうではありません。
良質な空気と水、あたたかな日差しのもと土壌を整え種をまくのがわらべうたの役割。そこから、今日まで続く芸術音楽のさまざまな作品の理解と演奏へと発展していくのです。メソードはわらべうたで終わりではないのですが、主たる特徴がわらべうた出発という点で全てがそうだと思われがちなのでしょうか。
先日の日本コダーイ協会全国大会オンラインセミナーでは、パレストリーナからモーツアルト、国民楽派、チャイコフスキーやストラヴィンスキーの楽曲分析を深め旋律を抜き出してうたい、すぐれた演奏法と教授法を学びました。
コダーイの言葉
☆リズムは注意力・集中力・決断性・神経を統御する能力を発達させる
☆旋律は感覚の世界の扉を開く鍵
☆強弱の諸段階と音色はわたしたちの聴器官感度を高める
☆歌をうたうことは、からだの多様な部分の運動を意味する
☆母国語の能力を育てる
今、脳育とか知育といった言葉を、以前よりよく見聞きするようになりました。それらはすでに、このコダーイのコンセプト本質につまっているのだと改めて思います。
よし、どんなものか見てみたい👀という方は、ぜひご連絡ください☺️
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